2012年3月31日土曜日

日本の法務大臣、やっと仕事をする?

東京拘置所内にある、死刑場の構造です。

さて、今回のタイトルは今まで法務大臣が仕事をしていなかったかのようなタイトルですね。

実は死刑は「千葉法務大臣」より後に就任なされた4人の大臣によって、ただの1度も執行されなかったのでした。その4人とは「柳田稔」「仙谷由人」「江田五月」「平岡秀夫」、彼らです。

そして今回 死刑を実行したのが「小川敏夫」法務大臣。
彼は裁判官・検事・弁護士を歴任してきた法曹界からの人間です。
なぜ記事にしたのかと言うと、死刑執行をEUに批判されたのです。。。

死刑執行されたのは3人、中には11年前の事件によって死刑執行となった人も。
この3人については掘り下げないでいこうと思います。

では今回何を掘り下げていくのか。
「死刑制度を残すべきか否か」という問題。
これを次の7つの観点から掘り下げていこうと思います。

1.)『国家』という観点


2.)『人権』という観点


3.)『誤判』という観点


4.)『被害者・遺族の意見』という観点


5.)『世界の風潮』という観点


6.)『税金と公務員』という観点


7.)『犯罪の抑止力』という観点

1.『国家』という観点
国家は国民の社会契約によって生まれたものであるとする
社会契約説が現代社会における基本的な考え方ですね。

・ここで『社会契約』とは何か、ということを紹介します。
まず、世界が自然状態であると仮定します。
自然状態とは、国だとか法だとか、何もない状態です。
人は生まれながらにして《自然権》を持っていて、この自然権とは、「~~を食べたい」   などといった、人がやりたいと思ったことをやるという権利です。ここである例を出します。
ある人が「~~を殴りたい」と思ったとき、それはやってよいのか。
    ある人が「~~に抵抗したい」と思ったとき、それはやってよいのか。
    どちらもよいのです。自然状態だと法律があるわけでもなんでもないですから。
倫理的に許されるかどうかは別問題として。
     「殴られたい」と思うのはごく少数派ですよね?
ですから、人はみんなで集まって社会を形成し、その社会と契約するのです。
その契約とは
『俺たちで~~っていう国を作って、~~って国のルールに従って生きよう』
    これが、社会契約です。
つまり、『国家』に自然権を与える(委託)するのです。
例えば「殴ったら罰金500円」なんて法律を作ったとしたら、
国家は殴った人間に対して「こいつからお金をとりたい」という自然権のもとに、
罰金刑を課すわけですね。これが社会契約説。


さぁ本題に戻ります。
死刑反対派「いくら自然権を国家に委託してるって言っても、流石に生命に関する権利はあげられないよ。」

死刑賛成派「国家が人に保証してる人権を侵害したら、それに相応しい懲罰を与えるのは、社会契約説的に考えれば至極当然のことだろう」



2.『人権』という観点
人権というのは、国家が国民に保証するもの。
つまり社会契約によって生まれた国家が、国民に保証する権利のこと。

死刑反対派:「別に人権を尊重するのは、それが犯罪者であっても普通じゃない?」

死刑賛成派:「人権を守るために執行される刑は法治国家なんだからあって当然じゃん。そもそも人権を侵害したことに対する刑なんだから、執行することで人権を損害してることにはならないでしょ。それに大量殺人した人を死刑にしなかったら、むしろ被害者の人権を軽く見てね?」


3.『誤判』という観点
誤判というのは、刑を重くしすぎたりだとか、冤罪だとか・・・。

死刑反対派:「死刑にしたら冤罪だった時、取り返しつかないよ。拘束と死刑じゃ、比べ物にならないでしょ。もし冤罪が晴れたらその後の人生だって自由なわけで。死刑じゃ取り返しがつかないよ・・」

死刑賛成派:「仮に冤罪だとしても、それは死刑が悪いわけじゃないでしょ?それは冤罪を生み出してしまう制度そのものが悪い。仮に引ったくりがいたとしよう。引ったくりがAさんからものを盗んで逃げたとする。そしてAさんは『引ったくりだー!!』と叫ぶ。それを聞いたBさんは引ったくりを捕まえた。しかしその捕まえたのは別のCさんであった。この時、引ったくりを捕まえようとしたBさんは悪いのか、ということだよ。」


4.『被害者・遺族の意見』という観点
被害者とその遺族の立場に立って考えてみよう。

死刑反対派:「例えばだけど、被害者に遺族がいなかったらどうするの?もしくは遺族が死刑を望んでいなかったらどうするの?それに刑事裁判ってのは「犯罪者の更正」が目的じゃないか。だから遺族の「処罰してほしい」という気持ちは満たされたとしても、それって刑事裁判の目的に反するものなんじゃないの?」


死刑賛成派:「刑法の目的ってのは被害者の尊厳を回復することでしょ?つまり、人権の侵害に対する補償。そもそも感情論に囚われることなく刑を執行することって、法律なんだから当たり前じゃないか。遺族が死刑を望んでいないなら刑を軽くするってのはありだと思う。だから原則死刑で望まれなかったら減刑でいいじゃないか。」




5.『世界の風潮』という観点
国際的な風潮はどうなんだろう?


死刑反対派:「世界の96カ国は既に死刑を廃止していて、つまりこれは世界の半分は死刑を反対してるってことなんだよ。」


死刑賛成派:「死刑制度って国ごとの問題なんだから、ほかの国がどうしてるから、ってのは理由にならないよね?だって、国ってのはそれぞれの地域の人々が社会契約して作られているんだもん。」




6.『税金と公務員』という観点
死刑執行に伴って、執行するのは公務員。使われるのは税金。


死刑反対派:「死刑を執行するのは公務員だよ?人を殺させるなんて可哀想じゃないか」


死刑賛成派:「終身刑だとか無期刑ってのは何十年も拘束するということ。それはつまり何十年もの囚人の生活を国民が税金で負担するということ・・・そんなのおかしくない?それに死刑執行で公務員が傷つくというのなら、仕事を変えるってのが筋でしょ。」




7.『犯罪抑止力』という観点
死刑が犯罪の発生をとめるのかな?


死刑反対派:「まず現状では、死刑が犯罪の抑止力になるってのは科学的根拠ないよね。」


死刑賛成派:「犯罪の動機ってのは社会情勢だとか、色々な要因が絡まっているから、ある刑罰を増やしたらある犯罪が減るってのを証明するのは最初から無理な話だよ。そもそも無期刑だって犯罪抑止力の効用が死刑より大きいのか小さいのかわかってないんだから、比べるのは最初から論外だよ。」


以上がまとめです。


僕個人の意見としては、死刑は賛成派寄りの中立派ですね。
現状で135人もの確定死刑囚がいて、その全員が独房で生活、食事、寝ている。
そんな税金があるんだったら社会保障なりに回して欲しいところです。

また、死刑廃止してる国の中には、犯人を捕まえたその場所で射殺なんてのも珍しくない。実質、死刑と変わらないのではないでしょうか?そもそも、撃った人を擁護するような法律があるとしたら、そっちの方が問題なのでは・・?

しかしながら死刑反対派の意見も分からなくも、ないのです。

理想は「刑罰に関係なく、人々が犯罪を犯さないこと」

ユートピア的ですが不可能ではないと思っているし、僕はこの考え方です。


みなさんも是非、考えてみてください。

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